未発表の恋 1 秋が嫌いだった。 幼い頃、変化し易い雲と日々落ちる黄色い葉に、子供ながらの深い恐怖にも似た焦燥感を感じていた。 そして成長した今も、寂寥を増す秋の光景に自分を重ねて自嘲する。 (俺の想いにそっくりだ) 「総悟、見廻り行くぞ」 デスクワークを山崎に押し付けてお気に入りの団子を頬張っている部下の部屋に突然現れる上司。無愛想な顔で煙草をふかして人の部屋にその臭いを移していく。 「えーひとりで行ってこいよォ、俺ァ今忙しいんだ」 「山崎に仕事押し付けといてよく言うぜ、オラさっさと用意しろ」 そう怒鳴るように言ってさっさと襖を閉めて何処かへ行ってしまう。煙草の煙が少し部屋に入ってきてしまって、窓を開けてそれを追い払う。あの人の臭いなんて残ったら最後、俺はこの部屋では眠れなくなってしまうから。 (期待は、するな) 外の新鮮な空気を吸いながら自分の心に言い聞かせる。あの人を見るたびに思い出すたびに軋む胸を押さえつきながら上着を羽織った。玄関で待ってるあの人の所に向かう。 不純な想いを排除した、ぶっきらぼうな沖田総悟の顔で。 土方さんとこうして出掛けるのは久しぶりだ、非番のときは愚か市中見廻りでさえここ数週間は行かなかった。土方さんにバレない程度に避けていたから。 (いつまで、) こうして土方さんと歩けるのだろうか。耐え切れなくなって俺が逃げ出すか、はたまた土方さんが俺の気持ちに気付いて拒絶するか、どっちに転んだってこの恋は暗闇に向かうしかなく、そして俺にその道を曲げる方法は無い。 (ならばせめて1秒でも長く) そう、願うのだけれど。 「お前最近妙に大人しいな」 土方さんの言葉にハッとして我に返る、図星を言われて俺の背中に冷や汗が一筋。 「そうですかィ?」 「ああ、ここ何日か俺の前に姿現さなかったしな」 それはアンタの所為だ、心の中でどついてみたけどまさか口に出せる筈もなく。 「そりゃあここ数日新しいゲームにハマって部屋に引きこもってましたから」 最近はめっきり嘘をつくのも上手くなって、汚くなっていく人間を地で演じてるなと自分でも思った。でもしょうがない、自分を守ろうとするのは本能で組み込まれたプログラム、その為に人間は夢を見たり娯楽を求めるわけで、俺の場合はそれが“偽ること”であっただけ。 「ならいいんだけどよォ、具合でも悪いのかと心配したんだぜ」 優しくて一番残酷な言葉を放つ、冷めた思いにちらりと希望の光をかざしてボロボロになった俺を無理やり立ち上がらせるんだ。 なんて、残酷な。 「へぇ、すいやせん。気を付けまさァ」 心の中で一喜一憂してるなんてこの人は知らないだろうな、いや分からないようにしてるんだけど。 「お前と出掛けんのも久しぶりだしな、茶ァでも奢ってやるよ」 指差した先は甘味屋、俺のお気に入りの。 (覚えててくれたのか、な) 数週間前俺が避けだす前に、あんみつを食べさせろと駄々を捏ねたときのことを。 (いや、まさかな) 「オラ行くぞ」 手を握られて俺の心臓が跳ねる、止まれ止まれと必死で押さえつけても一向に聞いてくれる気配はない。 (もうやだ・・・) 握られた手から目を背けた、ぎゅっと握り返してしまわないように。そうすることしか出来なかった。 男2人組の客に驚きつつも店の娘は俺達をテーブルに案内する、土方さんはコーヒーとあんみつを頼んだ。 時間を置いて持ってこられたコーヒーが土方さんに、あんみつが俺の前に差し出される。ごゆっくりどうぞ、と優しい声で言われたけど俺にしてはとっととこんな店出てしまいたかった。 目の前には土方さん、目の逸らし場所がない。隣り合って歩くのと向かい合って座るのと、どれだけ気の動揺が違うか。 「どうした、食わねぇのか?」 「とんでもない、いただきやす」 手を合わせて、まずスプーンでさくらんぼをつつく。さくらんぼはあまり好きじゃないから、皿の外へとどかす。 「何お前さくらんぼ嫌いなの?」 「だって酸っぱいじゃないですかィ」 「甘酸っぱいってのが美味しいんじゃないのか?」 「酸っぱいは余計でさァ」 「ふーん、よくわかんねェけど」 俺だって昔はさくらんぼは好きだった。微妙な甘酸っぱさが堪らないと、思っていた。 (甘酸っぱい恋の味・・・) そんな言葉を聞いて一気に俺はさくらんぼが嫌いになった。恋が甘酸っぱいなんて例えた奴は理解が出来ない、そんなことで嫌いになるなんて単純な奴かもしれないが本当にムカついたんだ。 甘酸っぱい恋が出来るような全ての人に、嫉妬と羨みを感じた。 「お前さァ、好きな人でもいんのか?」 「――!なんでェいきなり」 「いや、最近溜息の数が増えたから恋煩いかって思ってよ」 「んな訳、」 あるかィ、そう言おうとしたが、それは甲高い声で掻き消されてしまった。何だと思ってそちらを見遣ると美しく着飾った女の人。 「やだぁ、久しぶりじゃない歳」 「おう、」 2人は仲良さげに喋り始める、その雰囲気は友達なんてものじゃない、色恋に詳しくない俺でも一発で感知できる。 目の前の現実に顔を酷く殴られたような、激しい疎外感に打ちのめされる。 「悪ィ、総悟。俺用出来ちまったから先帰っててくんねぇ?会計は済ましとくからさ」 「言われなくてもそうしまさァ」 スプーンをガチャンと大きな音を立てて置いて、まだ食べ終わってないあんみつはそこに寂しく置かれたまま俺はその席を逃げるようにして立ち去った。 「おっオイ総悟、何そんな怒ってんだよ!」 怒鳴る土方さんを振り返られず、その店を出た。 (やっぱ今日来なきゃ良かった) 刀をチャラチャラさせて歩く、勿論あの人は追いかけてくれる筈もない。振り返って今まで自分がいた窓際の席を見る、そこには綺麗な女の人と土方さんが楽しそうに会話をしていた。俺がさっきまでそこに座っていたのなんて忘れてしまっているかのように。 (俺の席、取られた) 最初から自分のものでもなかった土方さんの隣を取られたからって俺に怒る権利は全くない、それでもあの女に怒りの剣を向ける他はできなかった。 「あ、雨・・・」 俺の気持を反映するように突然振り出す大粒の水滴。 「お前は俺を分かってくれてるんだなぁ」 感情の無い空に向かって言う、当然傘は持ってるわけもなくてだからといって屯所まで走って帰る気も出てこない。 ちょうどいい、この雨で俺を洗い流してもらおう。 今まで浴びてきた血、罪、すべてのものを。 あの人への想いを、ひとつのこらず。 すみません続きます。 --- NEXT |