未発表の恋 3



あの人が嫌いだった。
小さい頃から近藤さんと仲の良い土方さんにお父さんを取られたような子供独特の嫉妬を感じていた。
成長するにつれてそういうのもなくなり、代わりに生じてきたものは言うまでもなく。

(あの人は好きになっちゃいけない、分かってた筈なのに)







案の定、俺は高熱を出して寝込んだ。
精神的なものかもしれない、雨に打たれた所為かもしれない、否おそらく両者だろう。
今までにない高熱に近藤さんや他の隊長がお見舞いに来てくれたが、あの人は俺の前に姿を現さない。山崎が言うには書類が相当溜まってて自室に篭りっきりだという。

(暇だな・・)

昨日の乱心振りが嘘のように今日は至って冷静沈着、いつもの俺だ。いつもこうやって何にも心捕らえられずに飄々と生きれたらいいのに、そんなないものねだりをしてみたりして。

「・・ケホッ・・・」

風邪の所為か喉に何か棘みたいなものが突っかかったみたいな感じがして酷く落ち着かない。俺のいつも引く風邪とは違った嫌な咳が出る、時々血の味が広がる。
精神的なものか、と軽く片付けて俺はもう一度寝ようと目を閉じた。


「総悟ーちゃんと寝てるかー」

襖を開ける音と共に聞きなれた力強い声が聞こえる、俺は嬉しくなって起き上がった。

「コラコラ、寝てなきゃいかんだろう!」
「大丈夫でさァ、近藤さん」

にぱっと音が出そうなくらい笑った、近藤さんも安心した様子で笑ってくれた。近藤さん一人来てくれただけでこうも気分が安らぐ、父のような母のような温かさに包まれて安心できる。

「すまんなぁ」

突然謝り出した近藤さんに首を傾げる、俺はそんな謝られるようなことをされただろうか。

「トシの奴も連れてこようと思ったんだが仕事忙しいみたいで断られてしまったよ」

申し訳なさそうに笑う近藤さんに心が痛む、この人の好意を素直に受け取れない自分が居るから。土方さんを連れてこられなくて良かった、そう思ってしまったから。
それで俯いた俺を近藤さんは勘違いをしてしまったようで、今度は連れてくるさと言ってくれた。

(でもあの人は絶対来ない)

そう確信めいたものがあった。だって自分に思いを寄せてる部下、しかも男のとこに来る筈ない、土方さんは潔癖めいたところがあるから気持悪がってるに決まってる。
頭で分かっていたけど実際心で言葉にしてみると辛いものがあって、気をしっかり持てと言い聞かせて上を向いた。

「じゃあ俺はこれから幕吏と会合があるから出掛けるが、ちゃんと寝てなきゃいかんぞ!」

布団に押し付けられて顔まで掛け布団をかけてくれた、そして去り際に、

「もう一度トシに来るように言っとくからな」

近藤さんの言葉に何て答えていいか分からず苦笑いするしかなかった。



昨晩散々寝たせいか布団に入っても中々寝付けずに何時間も天井を相手に過ごした、お陰で天井に染みとか無駄なことばかり頭ん中に入っていった。

「・・ケホッ・・・ケホッ・・!」

発作のように突然襲ってくる咳も、その周期が徐々に短くなっていって悪化しているんだと分かる。部屋が乾燥してる訳でもないのに乾いた咳が出る、何か嫌なものの序章のような。
仰向けのまま咳するのが辛いから上体を起こして背中を丸める、口で手を押さえて咳に耐える。

「ケホッ・・ゲホッ・・・・・」

止まる気配のない咳はどんどん喉の痛みを伴って、口の中に血の味が一気に広がる、手を口から離してその平を見てみれば、

(赤い・・・)

一瞬思考が止まる、この赤は絵の具か、とか、綺麗な色だな、とか、そんなどうでもいいことが頭の中を反芻する。再び咳をするともっと量の多い血が出てきて俺の寝着と布団を赤く染めていく。
(何、コレ)
どす黒い赤に塗られた血、風邪ではあり得ないその症状に俺の頭は真っ白になる。

知らぬ内に体を蝕んでいたものの正体に絶望する。


「沖田さーん、失礼しますー」
「―――!」

ヤバイと思って咄嗟に血まみれの口を抑えてみたけど意味がない、入ってきた山崎の視線は赤く血塗られた布団と寝着を捕らえてしまっていて。
山崎は驚いた顔して動けずにいて、だんだんその表情は青ざめていった。

「ちょっ・・どうしたんですか、その血!?」

俺の傍に勢い良く膝を付いて、血まみれの俺の顔を指差す。流石に鼻血ですじゃ通らないよなぁと暢気な考えをしていたら沖田さんと強く怒鳴られたけど、俺は何も答えず笑っただけだった。

「ケホッ・・ケホッ」

丁度いいタイミングで咳が襲ってくる、再び俺の口から血が飛び出してきて俺の手は更に赤く染まる、その光景に全てを察して山崎の顔が強張った。

「それ、喀血・・・まさか、」
「・・みたいだね」

人類の最大の敵、不治の病、体を蝕んでいく悪魔。
山崎が言葉を詰まらせて俺の顔を見る、本人の俺より辛そうにしてるから何だか可哀想になった。

山崎は立ち上がって廊下へ飛び出して走っていこうとする、きっと近藤さんに知らすのだろう。

「待って!」

俺の叫びに山崎の動きがピタリと止まる。再び咳の波に襲われて咳き込む俺に大丈夫ですかと傍に寄ってきて背中を撫でてくれた。

「土方さんには、知らせないで」
「え、でも、」
「お願い・・あの人だけには、教えないで・・・!」

迷惑ばっかりかけるなぁと思いながら山崎の服を引っ張って頭を下げる、山崎は苦い顔をして、

「・・・分かりました」
「ん、ありがとう・・」
「でも、局長には知らせます」
「・・・分かった」

俺が頷くと、着替えとシーツ持ってきますと部屋を出て行った。

その足音を聞きながら俺は何も出来ずに途方に暮れた。今まで育ててきてくれた近藤さんに申し訳ない気持で一杯になった、そして俺の死に方が決まってしまったことに対する悔しさで泣きたくなった。

(戦場であの人達を守って死にたかった)

それも今では叶わぬ夢、無理やり戦場へ付いていくことも出来るが病持ちの俺では足手まといになるだけだろう。真選組のお荷物だけにはなりたくない。
この病は空気感染するから容易く人前には出られない、あの人に会えないままで俺の生涯は閉じるのだろう。
(それもいいかもしれない)

覚えてしまった天井の染みを数えながらぼんやり考える。悲しいけれど不思議と涙は出てこなかった。

(でも、)

「夢の中で良いから会いたいなぁ・・」

呟いた言葉も全て、暗い部屋に消えていった。



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