未発表の恋 2



雨が嫌だった。
いつもは響く子供達の声も賑やかな街の音も全て無にかえってしまうから。
大人になった今でも、無音の闇を恐れて寝付けない夜がある。

(体が、軋む)







雨でびしょ濡れになった服と髪はどんどん俺の体温を奪っていった、だけど想いの熱はいつになったって冷めてくれない。
(それどころか、)
頭の中で否応なしに反芻する、先程の光景。黒く渦巻く感情が俺を支配する。
(真っ黒に、なる)

屯所にまっすぐ帰るいつのまにか街の中心から外れて裏道に入る、目に痛いネオンが無法の地であることを知らせる。

「へい兄ちゃん、俺と遊んでいかない?」

俺に浴びせられた下品な声、体格のいい男が手を振っている。ムカついたけど刀を抜く気にもなれなくてそいつを無視して歩く。

「ちょっと無視はねーんじゃねーの?」

強く手首を掴まれてその痛みで少し顔を歪める。

「男のくせしてやけに可愛いじゃねーの。こういう所に来るってことはそういう目的だろ?」

へへ、と笑う男に憎悪感が破裂する勢いで沸いてきたけど、いまいち抵抗する気にもなれない。

「手ェ冷たいな、あっためてやるよ」

(あ、声が)
似てるかもしれない、と思った。今頭を占めてやまないあの人に。顔を良く見てもなかなかのものだ、おまけに漆黒の髪があの人を連想させる。
そう思ったら胸がカッと熱くなって自分では止められなくなってしまう。
(まぁいっか)
偶にはあの人から解放される時が欲しい。この身体ひとつを差し出せばそれが得られるのだったら安いもんだ。プライドを捨ててるわけじゃない、身体を安売りしてるわけでもない、ただあの人を想うときがそれ程辛いのだ。

「優しくしてよ、おにーさん」
「へっ女みてェなこと言うんだな」

ぐぃと野郎を扱うとは思えないほど優しく腕を引っ張られて、顎を掴まれる。俺は静かに目を閉じた。



「お、沖田さん!!」

突然響いた聞きなれた声に俺は目を見開いた、息を切らした山崎がそこには居て、手には大江戸スーパーの袋をぶら下げている。

「あぁ?んだお前」
「沖田さんから離れて下さい」
「何でお前にんなこと命令されなきゃいけねぇんだよ、こっちは合意の上だぜ?」
「えっ本当ですか、沖田さん!?」

男とにらみ合っていた山崎が勢い良くこちらを向く、俺は何も言わずに黙ったままだった。

「と、とにかく!沖田さんを離して下さい!」
「んだと?てめェも犯すぞあァ!?」

そう言われて山崎は一瞬怯む、だけどこの制服が見えないんですか、と反発した。
真選組を表すその服を見て男は青ざめ、チッと舌打ちをすると逃げるように去ってっいった。

「何で、山崎が此処に」
「買い出しの帰りに沖田さんを見かけて、元気なさそうだったんで後つけてました、すみません」
「ふーん・・・」
「・・・・・・・・」

俺たちの間に気まずい雰囲気が流れて、ザァァと雨の音だけが響く。突っ立って濡れっぱなしの俺に傘を差し出して帰りましょうと呟いた。俺は静かに頷き、山崎と1つの傘に入って屯所へと戻った。
(山崎は優しいな、)
だけどその純粋な優しさが今の俺には痛い。醜く黒ずんだ今の俺には。
(誰でもいい)
誰か、俺を助けて。




屯所へ帰って、山崎が沢山タオルを持ってきて頭を拭いてくれた。俺の体温は極端に低くなっていて、体がしきりにダルさを訴える。
「沖田さん、聞いていいですか」
俺の髪をワシャワシャと拭いてくれて気持ち良くって閉じていた目を薄く開ける。
「んー」
「何で、あんなことしてたんですか・・・?」
「・・・・・・・・・」
「しかも同意したって・・・」
「・・・さぁ、何となくノリで」

ふと山崎の手が止まる、その顔を振り返って見れば目は泣きそうなほど潤んでいて、山崎と名前を紡ぎそうになって、

「身体を安売りしないで下さい・・!」

初めて聞いた山崎の大声に吃驚して目を見開いた、俯いた顔からはその表情は推測するしかないんだけど、きっと悲しい顔をしてる。
(なんで、)
そんなに優しいんだよ、別に自分に何かあった訳じゃない、どうしてそこまで他人のために感情移入することが出来るのか。
(こっちまで悲しくなっちまうじゃんか)
忘れかけてた街での光景が一気にフラッシュバックしてきて、俺も深く俯いた。そんな俺の様子に慌てた様子ですみませんと山崎が謝ってきた、違う、山崎は何も悪いことをしてない謝る必要なんてない。
(もう、やだ)
頭を抱えて前髪を強く掴む、髪の湿った感覚が伝わってきて、同じように俺の心も湿ってしまいには大洪水を起こしていく。

「抱いてよ、」

ふと漏れた俺の声、山崎は驚いて俺を見る、その光景もぼやけて見えて世界はこんなにも歪んでるのかと思った。同時に俺にはお似合いの世界だ、と。

「抱いてよ」
「お、沖田さん・・?」
「抱いてよ・・!忘れさせてよ、・・・!」

誰でもいいのかもしれない、誰かの愛が欲しいのかもしれない、誰かの心を俺で一杯に占めたいのかもしれない。あの人の心は俺で占有することは出来ないから、せめて他の誰かを。

「沖田さん、どうしたんですか?」

困惑した声色で尋ねる、俺は目を伏せたまま顔を上げることは出来ない。山崎に、目の間の優しいこの男に全て縋ってしまいそうだったから。

「抱いて抱いて抱いてよォ!」

前髪を強く握ったまま駄々を捏ねる子供のように首を横に振る、髪が何本か抜けたけどそんな痛みは何の苦にもならない。

「で、できません」
震えた声で山崎が答える、俺はぐちゃぐちゃになった顔を上げて、何で、理由を問う。だけど山崎は苦笑いをして答えようとしない。

「忘れさせてよ、・・・あの人を俺ん中から消し去って・・!」

山崎の服を掴んで必死で訴える、こんなことしたって山崎を困らせるだけだって分かってる、だけてこうせずにいられないのはきっと俺の弱さなんだろう。

「あの人って、副長、ですか?」

「・・・・・・」

その質問には答えないで、山崎の服の襟を掴んで顔をぐっと引き寄せる。唇が触れかかってお互いの息が重なる。

「・・つっ・・・」

ドン、と鈍い音をたたせてはねつけられる、俺はそのまま後ろに倒れこんだ。

「あっ・・すみません・・・」

倒れた身体を起こして口に入ってしまった髪の毛をどける、顔を俯かせて唇を噛んだ。

「お、沖田さん――」

「・・・いーよ、どうせ俺を好きになってくれる人なんて、いないんだ・・・」

ハッと自嘲気味に笑って拳を握り締める、このどす黒い気持を誰にぶつければいいんだろう。

ゴメンと一言呟いて腕に顔を埋める、自分の情けなさに吐き気がした。

(俺は、)

所詮弱い人間なんだ、表面上では1人でも大丈夫な面しときながら結局は誰かと繋がってなければ安心できない、あの人と繋がってなければ幸せを感じられない。他の誰かを変わりに仕立て上げたって後々虚無感に埋もれるだけ、だけど目の前の傷を癒すのに精一杯で先を見通す余裕なんてないんだ。

「そんなこと言わないで下さい」

俺の頭を恐る恐る撫でてきて、冷え切った俺の心にはその温もりが心地よかった。

「少なくとも、俺は沖田さんのこと好きです」

でも自分のことを大事にしない貴方は嫌いです、と。
顔を上げてみると山崎は優しく微笑んでいて、ああ何で俺はコイツを困らせてしまったのだろうと自分を恥じる。

「少し、休んで下さい。布団引いときますから」

そう言ってテキパキと布団を引いて、山崎はじゃあ失礼しますと俺の部屋を去ろうと襖を開ける、俺はその背中に向かってありがとうと聞こえないくらい小さい声で返事をした。


「あっ副長――」
「!」

ガラリと開いた襖から覗いた人影は間違いなく、あの人で。

(聞か、れた・・)

頭の奥でサァと砂の流れるような音が聞こえた。

「立ち聞きするつもりはなかったんだけどよ、」

バツが悪そうに苦笑いをする土方さんがぐるぐる回って見える、焦点の合わないこの目はどこを見たら良いのか分からず泳ぎっぱなし。

「悪ィ、邪魔したな」
「ふっ副長!」

2人のやり取りが遠くに感じる、魂が抜けたような浮遊感を感じる。

「沖田さん、追いかけなくていいんですかっ!?」


頭の中にノイズが響く、定まらない非常に不安定な。



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